第七回(2011年度)
受賞者及び受賞業績
石森 大知
『生ける神の創造力――ソロモン諸島クリスチャン・フェローシップ教会の民族誌』世界思想社、2011年
受賞理由
本書は、太平洋メラネシアの島嶼国家「ソロモン諸島」のニュージョージア島北部を中心とした「クリスチャン・フェローシップ教会」(以下CFCと略す)の全体像を、長期にわたるフィールドワークの成果に基づいて、通時的・共時的に論じ、メラネシア地域におけるこの運動の意味とその信仰の特質を人類学的視点から明らかにしたものである。
全体の構成は、CFCの歴史、社会、宗教の3つの側面をそれぞれ扱った3部立てになっている。メラネシアの宗教運動をめぐる先行研究が簡潔に整理される序論に続いて、第Ⅰ部「運動から教会へ―CFCの歴史的側面」では、CFCの前史から現在に至るまでの歴史が扱われている。第1章で18世紀後半のニュージョージア島の社会文化的背景と20世紀初頭からのメソディスト教会の宣教史が記述され、第2章では、この集団の教祖サイラス・エトのライフヒストリーと、彼の宗教体験からCFCがどのように誕生し、どのような経緯でそこから分離、独立したのかが述べられている。第3章では、エトの死後、彼の次男イカンの継承をめぐる経緯と、「生ける神」イカンの下で整備された組織体制の発展が詳述されている。
第Ⅱ部「パラダイスに暮らす―CFCの社会的側面」では、エトが拓いたパラダイス村での信徒たちの日常生活の実態が明らかにされている。第4章では、この村の時間と空間の統制を記述して、パラダイス村とかつてのメソディスト教会の宣教本部との類似性が指摘されている。第5章は、日常生活を律する「法」を扱い、村人が「生ける神」の教えである法の遵守を通して相互の連帯の確認と、神の恩恵を期待していることが述べられている。第6章では、エトが組織した「労働集団」の構成原理を明らかにし、それが従来の親族組織とは異なるキリスト教に基づく新しい人間関係の基盤となっていることを指摘している。
第Ⅲ部「聖霊の働きと『生ける神』―CFCの宗教的側面」では、この集団の信仰がいかなるものなのかが詳述されている。第7章では、CFCの教会儀礼や礼拝様式の事例を検討することで、メソディスト教会との比較を行っている。第8章は、一般信徒の宗教経験の内面的理解に即してCFC信仰の中核に位置する聖霊とエト(およびイカン)の位置づけを明らかにし、エトが「生ける神」として神格化する過程を論じている。第9章では、この島の伝統文化とキリスト教福音主義派との比較検討を行い、この集団にメソディストへの回帰主義的傾向を認めている。終章では、CFCの事例を通して従来の社会宗教運動論の妥当性を検討し、新たな理論的枠組みの提示を試みている。
本書は、ソロモン諸島に展開するユニークなキリスト教系運動を民族誌的に丹念に記述しながら、それを人類学の理論的枠組みからどのように捉えるべきなのかを論じた力作であり、カーゴカルト論以降のメラネシアの人類学的研究としては出色なものと思われる。なかでも、著者が彼らの信仰世界を、「狂気」や「シンクレティズム」としてではなく、その言説の側に寄り添いながらキリスト教の新しい動きと重ねあわせて論じようとしたことは、宗教研究という観点からもきわめて重要な貢献といえるだろう。また、この研究領域において著者が「太平洋におけるモダニティ」という論点を導入したことも重要であり、メソディスト教会の流れを汲むCFCの展開に西欧近代との歴史的類比のおもしろさを感じた。加えて、オリエンタリズム批判以降、内省化し混迷を深める人類学の領域において、本書が久しぶりにフィールドワークの重要性を強調した点も特筆して良いだろう。
勿論残された課題も少なくない。著者はCFCの信仰をキリスト教のリヴァイヴァリズムの系譜に位置づけ、それがシンクレティズムであるという評価を退ける。その結果として、CFCの信仰の中核にある「生ける神」エトとイカンの宗教的権威とキリスト教との関係について必ずしも説得力のある議論を展開していないように思われる。
こうした検討課題は残されているものの、本書は、着実で綿密なフィールドワークを基盤にして、メラネシア地域の社会宗教運動の調査と理論に新しい頁を開いた独創性の高い研究成果であり、国際宗教研究所の定める審査基準に照らして、同研究所賞受賞にふさわしい業績として評価できる。
2012年2月11日
(財)国際宗教研究所賞審査委員会
受賞者経歴
石森 大知 いしもり だいち
1975年生まれ。神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員。専門は文化人類学。
主要業績
「カリスマの独占と継承――ソロモン諸島における知と権力のキリスト教化」
(塩田光喜編『知の大洋へ、大洋の知へ』彩流社、2010年)
「ソロモン諸島の『聖霊の教会』と憑依現象――クリスチャン・フェローシップ教会における過去と現在」
(『宗教と社会』14号、2008年)