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第五回(2009年度)

受賞者及び受賞業績

長谷 千代子
『文化の政治と生活の詩学――中国雲南省徳宏タイ族の日常的実践』風響社、2007年12月

受賞理由

award5_1.jpg長谷千代子氏の受賞業績『文化の政治と生活の詩学―中国雲南省徳宏タイ族の日常的実践』は、中国雲南省徳宏州に住む少数民族、徳宏タイ族の丹念なフィールドワークに基づいて、「宗教」や「民族文化伝統」など、中国政府による種々の文化や習慣に対する「上からの」カテゴリー化(文化的再編)と、徳宏タイ族の「下からの」日常的な諸実践が、どのような動態的な関係にあるのかを論じた労作である。
本書は、全体で6章から構成されている。序章では、先行研究の批判的検討を通じて著者の視点を明らかにするとともに、徳宏タイ族とその居住地の概要を紹介している。第2章では、主に1950年代以降の徳宏における「水かけ祭り」の実践と、それにまつわる言説に焦点を当てながら、「民族伝統文化」という官製のカテゴリーと、この祭りの実践との関わりを論じている。第3章では、この民族の重要な仏教儀礼である「ポイ・パラ」の調査を通じて、この儀礼が積善行であるとともに、現世での人間関係や霊魂観、世界観にも意味や根拠を与える役割を果たしていることを明らかにしている。第4章では、前章の調査を受けて、こうした実践が中国政府の掲げる正しい「宗教」、「仏教」、「民族文化伝統」というカテゴリーとどのような関係を持ち、タイ族の人々がどのようにその実践を維持しようとしているのかを論じている。第5章は、タイ族の文化圏に見られる特定の地域を守る守護霊祭祀「ムアン・ホアン」や漢族の神である「関公廟」を取り上げながら、こうした官製カテゴリーのどれにも属さない宗教的実践が彼らの日常生活に対してもっている意味を明らかにしている。そして、最終章では、上述の議論を踏まえながら、政府による文化の政治的再編の動きに対する徳宏タイ族の日常実践を、「生活の詩学」という視点から総括している。
著者は全編を通じて明瞭な論述を心がけており、その論旨の一貫性、文章力の巧みさを含めて本書の完成度は高いと判断できる。さらに学問的貢献という観点からも、宗教学、人類学の分野にとどまらず、現代中国研究、マイノリティ研究などの分野でも、本書の貢献は大きいと考えられる。とりわけ本業績は、次の2点において大きな意義を持っているといえる。第一は、政府の「上からの」文化的再編に対する少数民族による自らの宗教・文化的実践の維持を、「民衆の抵抗」という政治学的視点からではなく、「生活の詩学」という新しい視点から捉えることで、「下から」の様々な応答の動態を明らかにしたという点である。すなわち、「宗教」や「迷信」といった官製カテゴリーに対して、徳宏タイ族が、そうしたカテゴリーをめぐって、「寄り添う」、「隠れる」、「無視する」、「盲点を突く」、さらには「グローバルな言説へと逃れる」などの多様な手法を使うことで、自らの宗教的実践を維持したり、変化させたりしており、これらの手法を「詩学」という言葉で捉えることで、彼らの柔軟な日常実践の動態が巧みに明らかにされている。第二に、近年の宗教研究における「宗教」という概念の出自をめぐる議論に対する新たな示唆を与えたという点である。すなわち、長谷氏の業績は、中国という社会主義国家によって公的に定義づけられた「宗教」概念と、その下で行われている一少数民族の宗教的実践との動態的な交渉を実証的に論じることで、理論的で抽象的な議論に陥りがちな宗教概念をめぐる議論を現実的場面に即して論じる手がかりを提供したように思われるのである。
もちろん、本書に問題点がないわけではない。なかでも、第二章から第五章まで取り上げられた題材、つまり「水かけ祭り」、「ポイ・パラ」、「ムアン・ホアン」などで、本書の表題が示す「生活」全般を十分に扱い得るかについては問題を感じなくもない。「生活」についても「詩学」についても、議論をさらに深める必要が求められるのである。しかし、本研究は、国際宗教研究所賞の評価基準である現代性、実証性、国際性を十分に満足させる力作であり、宗教研究の新たな地平を切り開くものとして受賞にふさわしい業績であると判断した次第である。

2009年11月7日
(財)国際宗教研究所賞審査委員会

受賞者経歴

長谷 千代子 ながたに ちよこ
1970年生まれ。2003年九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。2005年博士号(文学)取得(九州大学)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、南山宗教文化研究所非常勤研究員。専門は文化人類学、宗教研究。

主要業績

「功徳儀礼と死――中国雲南省徳宏タイ族のポイ・パラ儀礼」
   (『宗教研究』第73巻第3輯、2000年)
「中国における近代の表象と日常的実践――徳宏タイ族の葬送習俗改革をめぐって」
   (『民族学研究』第67巻第1号、2002年)
「他者とともに空間をひらく――雲南省芒市の関公廟をめぐる徳宏タイ族の実践」
   (『社会人類学年報』第30号、2004年)
「表象の中の地域と民族――徳宏タイ族の水かけ祭りをめぐるポリティクス」
   (塚田誠之編『民族表象のポリティクス――中国南部における人類学・歴史学的研究』風響社、2008年)

 


 

奨励賞 受賞者及び受賞業績

寺田 喜朗  『旧植民地における日系新宗教の受容――台湾生長の家のモノグラフ』ハーベスト社、2009年2月

受賞理由

award5_3.jpg寺田喜朗氏の受賞業績『旧植民地における日系新宗教の受容――台湾生長の家のモノグラフ』は、台湾における生長の家の受容過程とその社会的理由について、教団資料、面談調査、アンケート調査の資料・データなどを用いて丹念に分析した著作である。
生長の家という民族主義的宗教が、植民地支配を受けていた台湾の人びとにどのように受容されたか、また停滞はどのような条件で起こるか、といった興味深いテーマの設定のもとに、社会学的方法に基づいた優れたモノグラフを書きあげている。
生長の家の受容については、「制度的受容」「集団的受容」「個人的受容」の3つのレベルを設定し、これを「停滞」にも適用している。それぞれマクロ、メゾ、ミクロに対応するとして、ミクロレベルとメゾレベルの研究を中心としている。また世代による意識の違いについては、ジェネレーション・バウンダリーという概念を適用し、エスニック集団内における世代間の断絶を分析しようとした。受容と停滞の理由についての分析は、オーソドクスで、今後の研究にとって大きな足場を築いたと言える。台湾だけでなく、アジアにおける日系新宗教の展開についての研究は、それほど蓄積されていないので、本書は台湾における日系新宗教研究の基本的文献となるであろう。
本書で展開された研究は、さらに台湾における他の日系新宗教の受容と展開との、社会学的な比較へと広げられることが期待される。さらに生長の家の停滞についての考察に際して、新たな方法論を加えることも期待される。戦後の状況を考える上では、日本との政治的経済的関係がどのような推移を経てきたかについて、綿密な検討が加えられる必要もあろう。
未開拓に近いような分野を対象としているので、これ以外にもいくつかの課題を残してはいるが、本書は日系新宗教のアジアにおける展開についての研究として、大きな貢献をしており、国際宗教研究所奨励賞にふさわしいものと判断する。

2009年11月7日
(財)国際宗教研究所賞審査委員会

受賞者経歴

寺田 喜朗 てらだ よしろう
1972年生まれ。2007年東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。東京学芸大学、東洋大学、駒澤大学、上越教育大学、鈴鹿短期大学非常勤講師を経て、現在、鈴鹿短期大学特任助教並びに東洋大学東洋学研究所客員研究員。専門は宗教社会学、新宗教研究。

主要業績

『ライフヒストリーの宗教社会学――紡がれる信仰と人生』共編著
   (ハーベスト社、2006年)
『教養教育の新たな学び――現代を生きるストラテジー』共編著
   (大学教育出版、2009年)
「20世紀における日本の宗教社会学」
   (大谷栄一・川又俊則・菊池裕生編著『構築される信念』ハーベスト社、2000年)
「内在的理解の方法的地平とは何か」
   (『年報 社会科学基礎論研究』第2号、2003年)
「新宗教とエスノセントリズム」
   (『東洋学研究』46号、2008年)

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