第十回(2014年度)
受賞者及び受賞業績
【国際宗教研究所賞 奨励賞】Burenina Yulia(ブレニナ ユリア)
『近代日本における日蓮仏教の宗教思想的再解釈――田中智学と本多日生の「日蓮主義」を中心として』
(大阪大学提出博士論文、2013年9月)
受賞理由
本論文は、政治思想という観点から取り上げられることの多かった日蓮主義の指導者、すなわち田中智学と本多日生の思想を、宗教思想として理解しようとした意欲的な研究業績である。過去20年ほどで格段に進んだ近代仏教研究の成果をよく踏まえ、日蓮主義思想研究に新しい地平を切り開いた業績と言える。田中智学と本多日生を取り上げた日蓮主義研究という点では、大谷栄一氏の『近代日蓮主義運動の研究』を引き継ぐ業績だが、近代における仏教思想のあり方に注目するという点でアプローチの仕方がまったく異なる。
この点は、著者が研究史を振り返りながら示しているとおりで、政治や社会の動きと対応する形で思想の展開を理解するというのが大谷氏のアプローチだが、著者は近代の宗教思想、とくに仏教思想の展開という文脈を置いて、それにそって田中智学と本多日生の宗教思想を理解しようとしている。これは従来の日蓮主義研究に欠けた視点を補うという点で重要な意義をもつ。
それはまた、近代における日蓮仏教の思想的受容の事例研究としての意義をもつものでもある。田中智学と本多日生は日蓮仏教を受け止め、近代宗教思想として展開した人物として捉え返されている。それは神秘主義に傾斜して「信」を強調した智学と、宗教学にそった合理性を踏まえてそれを超える地平を示した日生として提示されている。両者は近代日本の宗教思想、とくに仏教思想の展開の中で独自の位置を占めるものとする位置づけは説得力をもっている。近代仏教思想の理解の深化という点で意義ある内容である。
両者の思想を宮沢賢治および妹尾義郎と関連づけて捉えた点も意義深い。この両者は、近代の日蓮仏教の社会性という点で注目すべき存在だが、この二人が田中智学と本多日生の仏教思想のどのような側面に共鳴したのかについて、著者は新たな知見を提示している。智学と日生の政治思想に注目していると見えにくい側面が掘り起こされたことにより、理解しやすくなったものだ。
以上のように、独自の達成をもっている論文だが、もの足りないのは、田中智学と本多日生の仏教思想が、彼らの政治思想や政治行動とどう関わったかという点についての論及が十分でないことである。従来の研究が軽んじていた側面に切り込んだわけだから、それによって従来の研究で強調されてきた点につき、どのような新たな捉え返しができるのか、論じてほしいところである。ところがその点についてはふれていない。また、田中智学と本多日生の思想が時代の変化とともにどう変わっていったかについても、初期については論じられているが、中期以降についてはあまり触れられていない。
こうした点で改善の余地があるとはいえ、よく文献を調べ、分かりやすい明快な日本語で論じられており、この点も称賛できる。
以上の点から本論文は、国際宗教研究所賞奨励賞にふさわしい内容と考える。
2015年2月7日
(公財)国際宗教研究所賞審査委員会
受賞者経歴
Burenina Yulia ブレニナ ユリア
1985年生まれ。2013年大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程修了。博士(日本語・日本文化)。大阪大学日本語日本文化教育センター非常勤講師を経て、現在、同朋大学専任講師。専門は近代日本仏教思想史・近代日本宗教史。
主要業績
・「近代日蓮仏教における進化論理解:本多日生と田中智学の思想を手がかりに」(『間谷論集』第7号、2013年)
・「近代日本と末法:田中智学の日蓮主義をめぐって」(『タイ国日本研究国際シンポジウム2010論文報告書』2011年)