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第十二回(公財)国際宗教研究所賞

受賞業績
奈良雅史著 『現代中国の〈イスラーム運動〉――生きにくさを生きる回族の民族誌』(風響社、2016年2月刊)

受賞理由

奈良雅史.JPG本書は中国雲南省昆明市における回族の現地調査に基づき、イスラーム信仰の諸相を分析している。中国のイスラーム系住民の人口は2300万人を超えるが、回族はその中で最大民族である。回族は中国各地にモスクを中心に小規模なコミュニティを形成し、漢族などムスリムでない人々とともに暮らしている点に著者の奈良氏は着目した。中国における宗教調査の困難さも考慮した上で選ばれた調査地が雲南省昆明市であるが、都市部という現代中国において社会変化の激しい場所を調査地に選定したことが、イスラームのコミュニティがその変化の中でどのような対応をしているかを浮き彫りにする結果となっている。

雲南地方におけるイスラームの展開は手際よくまとめられている。定説では雲南地方にムスリムが定着するようになったのは元代であり、当時ムスリムは政治的に高い地位にあったため、イスラーム信仰も優遇されていた。明代にはいり漢語がムスリムの共通語となり、イスラーム思想の表現に儒教の用語を使用するようになった。これがアラビア語からの乖離を招いたので、明代には経堂教育が広まり、アホンと呼ばれるモスクの宗教指導者が育成された。アホンはアラビア語やペルシア語に基づく宗教教育を継承する役を担った。清末期の馬聯元というアホンは雲南省出身であり、イスラームを漢文で学んだ者とアラビア語で学んだ者との相互理解が困難になっている状況の改善に努めた。だが明代にはムスリムは特権的地位からマージナルな地位へと追いやられた。清朝下では民族分断政策もあって、一般のムスリムは漢人から侮蔑視されるようになった。中華民国時代はその中華民族概念によりムスリムは「イスラームを信仰する漢人」とみなされた。メッカ巡礼をしたアホンにより「ワタン(祖国)への愛」が信仰の一部であるとする言説がもたらされた。第二次大戦後1958年に提示されたイスラームに対する政教分離政策、1966年に始まった文化大革命の影響などがあり、回族の信仰の自由は狭められていった。1980年代に基本的な宗教活動が認められるようになってから信仰復興がみられた。

こうした歴史的展開の概括が2008年から開始された昆明市で行ったフィールドワークの着眼点に活かされている。現代中国という信仰生活には種々の制約がある社会状況の中での回族の姿がたんなる現状分析にとどまらず、過去のいわば地層も踏まえたものとなっている。改革・開放以降の中国においては、回族には信仰の敬虔化の他方で宗教的な影響力の低下現象も起こっている。昆明市では回族とムスリムが二つの異なったカテゴリーになっているとし、両者を分かつキイワードとして「認識安拉(アッラーを知る)」という表現に着目する。

昆明市の回族の間ではアホンは文化がない、つまり中国文化を理解していないとされる。それはアホンが聖典に通じていても、それを現代中国社会に即して説明できないからである。大学生たちとの面談を通して、彼らが現実に体験している中国社会と求められている信仰との間でどのように葛藤し、そして具体的な生き方を選びとっているかを例示する。取り出されたいくつかの要因をあえて図式的にまとめず、どのような形で葛藤が表面化しているのかを具体的な事例に沿って示している。多様なアクターの異なる利害が部分的に共有されることによって形成される諸アクター間のブラグマティックなつながりに着目している点がとくに評価される。

中国の回族の歴史を踏まえた上での具体的な事例の列挙とその分析は、中国の現代宗教研究、また世界各地の現代イスラーム研究にも参照可能なものになっており、国際宗教研究所賞にふさわしい業績として認められる。

2017年2月18日 (公財)国際宗教研究所賞審査委員会

受賞者プロフィール
奈良雅史(なら まさし)
1982年生まれ。2014年筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程修了。博士(文学)。現在、北海道大学メディア・コミュニケーション研究院・准教授。専門は文化人類学。

主要業績
「現代中国における宗教的状況をめぐる人類学的研究――二重の宗教的正統性と宗教実践のもつれ」(『社会人類学年報』42号、2016年)
「動きのなかの自律性――現代中国における回族のインフォーマルな宗教活動の事例から」(『文化人類学』80号、2015年)
「漢化とイスラーム復興のあいだ――中国雲南省における回族大学生の宣教活動の事例から」(『宗教と社会』19号、2013年)


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