第一回(2005年度)
受賞者及び受賞業績
近藤光博
「宗教・ナショナリズム・暴力――ヒンドゥー・ナショナリスト運動のイデオロギーに関する研究」
(2004年 東京大学提出博士論文)
受賞理由
近藤光博氏の学位請求論文「宗教・ナショナリズム・暴カ――ヒンドゥー・ナショナリスト運動のイデオロギーに関する研究」は、1998年~2004年にインド連邦の最高権力を担ったインド人民党(BJP)の母体を成す民族奉仕団(RSS)とその関係諸組織(サンガ・パリワール)に属するトップ・イデオローグたちの言説および論者自身の調査資料の分析から、現代インドのヒンドゥー・ナショナリスト運動の「イデオロギー」を明らかにしようとしたものである。
「ヒンドゥー至上主義」とか「ヒンドゥー原理主義」などの名で知られるヒンドゥー・ナショナリズムに関する研究は、諸外国では90年以降に顕著な進展が見られるが、わが国では、特にその「イデオロギー」に関する研究は未開拓の領野であった。
本論文において論者はヒンドゥー・ナショナリスト・イデオロギーの特質と構造を、一次資料を駆使して包括的かつ体系的に明らかにしようと試みている。
本論文はA4版416頁(文献表を含む)に及ぶ大作である。論者は冒頭において本論文は(1)現代宗教論の一環であり、(2)ヒンドゥー・ナショナリズム研究の進展を目指し、(3)現代インド思想研究の一環としてのものであると述べているが、これら3点は本論文の基本視座であり主題ともなっている。
まず厖大な先行研究を検討しつつヒンドゥー・ナショナリスト運動が現代宗教論の視点からどのように位置づけられるかが論じられると共に、使用される用語が吟味される(序章)。次にヒンドゥー・ナショナリズムの歴史、とくに民族奉仕団の80年代と90年代の展開史が詳述され、また「ヒンドゥー・ネーション」とは何かをめぐり多種の資料により検討がなされ、問題点が指摘される(第2、第3章)。
以上を踏まえて現代のヒンドゥー・ナショナリスト・イデオローグにとって、「ヒンドゥー文化」、「ダルマ」、「ヒンドゥーイズム」はどのような意味をもつかが追究され、彼らが推進するのは、「ヒンドゥー教」という近代的観念を古代史の理解にもそのまま採用することにより、その歴史的一貫性を主張することだとする。論者はこのような動向を「ヒンドゥー教の標準化」と呼ぶ(第4、第5章)。さらにヒンドゥー・ナショナリスト・イデオローグは、ヒンドゥーは古代黄金の日の栄光を失い歴史の中に没落したが、今こそ立ち上るべしという物語によって、人びとの神話的想像力を刺激し、これがインド人民党連合政権の誕生に貢献しているとし、また「一神教」を敵と位置づけるヒンドゥー・ナショナリストの意図と役割を分析する。そしてく文明化=近代化=開発〉と捉えるヒンドゥー・ナショナリストの態度は、「西洋化なき近代化」の理念をよく表現しているとする(第6、第7、第8章)。
以上のように1980年代から90年代におけるヒンドゥー・ナショナリズム運動のトップ・イデオローグたちが発した一群の言説の分析を総合して、論者はヒンドゥー・ナショナリスト・イデオロギーの特質を示す。それは、ヒンドゥー・ネーションと国民国家の偉大さと強さを示し、その組織を強化して、文化、宗教、経済、軍事などあらゆる分野でみずからを格上げさせることを目指すことである。またこれを実現するための行動規範として自己防衛の意義を説き、非暴力主義を否定し、あらゆる領域において多様性に対して統一性を優先させるという特徴があるとする(結論)。
本論文はヒンドゥー・ナショナリズムのイデオロギーの特質を包括的、体系的に明らかにしようとした、わが国では前例のない成果である。厖大な関係文献とみずからの調査資料の丹念な分析と考察から成った本論文は、現代インドの政治-宗教-社会研究の今後の進展に寄与するところ大であるのみならず、宗教研究一般の方法論の深化に資するところも少なくない。ただ、一文献に拠りすぎた観のある箇所があることや、概念(「イデオロギー」など)の明確化にやや不十分さがある点などは今後の課題となろう。
かくして本論文の内容は国際宗教研究所賞の審査基準である「現代性」、「国際性」および「実証性」のいずれをも十分に充たしており、本賞受賞に値するものと評価する。
2006年1月14日 (財)国際宗教研究所賞審査委員会
受賞者経歴
1967年鹿児島県生まれ。1994年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了後、在インド日本国大使館にて政務専門調査員を務める。2001年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学(宗教学・宗教史学)。日本学術振興会特別研究員を経て、東京大学東洋文化研究所非常勤講師。2004年博士(文学)号取得(東京大学)。専門は、現代宗教論、南アジア近現代史。
主要業績
「「マハトマ」暗殺:非暴力の使徒、友愛と対話の人が殺されねばならなかった理由」
(南山宗教文化研究所編『宗教と宗教の〈あいだ〉』風媒社、2000年)
「インド政治文化の展開――ヒンドゥー・ナショナリズムと中間層」
(堀本武功・広瀬崇子編『現代南アジア3 民主主義へのとりくみ』東京大学出版会、2002年)
「宗教とナショナリズム:現代インドのヒンドゥー・ナショナリズムの事例から」
(池上良正他編『岩波講座9 宗教の挑戦』岩波書店、2004年)
「ヒンドゥー・ナショナリズムとは何か」(『世界』2004年12月号)
「宗教復興と世俗的近代――現代インドのヒンドゥー・ナショナリズムの事例から」
(国際宗教研究所編『現代宗教2005』東京堂出版、2005年)