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第十四回(公財)国際宗教研究所賞・奨励賞

授賞業績
橋下栄莉『エ・クウォス――南スーダン・ヌエル社会における予言と受難の民族誌』九州大学出版会、2018年hashimoto

授賞理由
 南スーダンのヌエル族の人たちが内戦と国家形成の過程で、人々の経験を100年前にングンデンという予言者によってなされた予言の成就として受け止めていく経緯について論じた博士学位論文に基づくものである。ヌエル族については、20世紀前半にエヴァンス=プリッチャードによる重厚な調査研究がなされており、『ヌーア族の宗教』では世界を支配する神であるとともに遍在する神聖な力でもある「クウォス」について詳細な論述がなされていた。この著作に感銘を受けた著者は、内戦状態にある南部スーダンでヌエルの人々は事態をどう受け止めているかに関心を持ち、2008年から2013年にかけてフィールドワークを行なった。

予言者ングンデン・ボン(1906年に死亡)の予言を尊ぶ人々は宗教集団を形作っており、キリスト教の影響を受けて教会という形をとっている。「ングンデン聖書」もあり讃美歌に似た歌もある。だが、排他性も攻撃性もなく、その組織はゆるやかなものだ。南スーダン各地だけではなく、エチオピアやアメリカ合衆国にも広がっており、その礼拝は多様だ。著者は首都ジュバにあるングンデン教会に滞在し、ングンデンの予言を通して人々がしばしば「エ・クウォス」を語るのを聞く。「エ・クウォス」とは、「それはクウォスである」という意味だが、さまざまな出来事について「それはクウォスである」と語られる。

たとえば、2011年の南スーダンの独立に関わるいくつかの出来事も「エ・クウォス」として受け止められる。それは不思議な力の作用とでもいうべきことだが、ングンデンの予言の成就とも理解される。国家の形成ということが、伝統的な聖性である「クウォス」の現れとして、とりわけ100年前のングンデンという人物と結びつけられるのだ。新たに自称予言者も登場するが、かんたんには受け入れられない。教会の人たちは冷たく見ていることが多い。

しかし、大きな歴史的出来事だけではなく、日常のさまざまな事柄にも「クウォス」は見出される。「クウォス・ア・シン」すなわち「クウォスはいる」という表現も用いられる。「クウォスはいる」というのは、自分の命はクウォスによって与えられており、クウォスの意思や自らの悪い行いによっていつでも奪われうるものとしてあるということをも意味し、人間の限界の意識とも関わっている。現実を人間的な秩序として受け止めようとするモラル・イマジネーションの様態としても理解できる。

以上のように、著者は南スーダンのヌエル族のングンデン教会に連なる宗教的世界観を描写し、それを彼らの経験に即して捉えている。安全とはいえない地域に長期にわたり滞在し、現代世界における宗教の実情に迫り人々の信仰世界について分厚い記述を行なった書物である。宗教の比較や宗教の歴史といった観点に関心が向かっていないのに不満をもつ向きもあろうが、現代宗教の一面を力強い描き出しており、国際宗教研究所賞を授与するにふさわしい作品である。

受賞者プロフィール
1985年生まれ。2015年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。現在、高千穂大学人間科学部准教授。専門は文化人類学。

主要業績
「複数の像を生きる若者たち ――アフリカの「若者」研究の動向と新たな研究の視座」(『スワヒリ&アフリカ研究』29巻、2018年。)
Prophecy and Experience: Dynamics of Nuer Religious Thought in Post-independence South Sudan(Nilo-Ethiopian Studies Vol.22, 2017.)
「現代ヌエル社会における予言と経験に関する一考察」(『文化人類学』80巻2号、2015年。)

≪奨励賞受賞業績≫
山下壮起「ヒップホップの宗教的機能―アフリカ系アメリカ人ヒップホップ世代の救済観」博士論文(神学) 2017年9月20日受理 同志社大学

授賞理由
 本論文は、同志社大学大学院神学研究科に提出された学位請求論文である。全体の要旨は、1980年代末頃から登場した、いわゆる反社会的な「ギャングスタ・ラップ」の歌詞に見られる神や天国などのキリスト教の語彙の分析を通して、ヒップホップがアフリカ系アメリカ人のヒップホップ世代に果たす救済的機能を明らかにし、さらに、そこに認められる聖と俗との混在というあり方をアフリカ系アメリカ人の宗教伝統から読み解こうとしたものである。本論文は4つの章で構成される。第1章では、1970年代から80年代のポスト公民権運動の状況において都市部のアフリカ系アメリカ人の貧困と教会の保守化の中でヒップホップ世代がどのように教会を捉えるようになったのかが論じられている。第2章では、奴隷制時代にまで遡りながらアフリカ系アメリカ人の宗教史が整理され、第3章では、ブルースを「世俗的霊歌」と解釈したJ・コーンの議論を踏まえて、ヒップホップの歌詞の分析を通じて世俗的霊歌としての機能を明らかにしている。第4章では、聖俗二元論の問題を掘り下げながら、ヒップホップにおける救済について論究している。

ヒップホップ研究は1980年代末頃から社会学、人類学、文学など様々な領域から行われてきたとされるが、著者は、これまでの神学研究の枠を脱して、一見すると神学研究とはそぐわないヒップホップの歌詞の分析を通じて、ポスト公民権運動の時代における教会を中心としたアフリカ系アメリカ人社会の動向と、奴隷制以来の彼らの宗教史を踏まえてヒップホップアーティストが表現する根源的な宗教的救済への希求を描き出そうとしている。日本では公民権運動を指導したキング牧師への敬意が大きいせいか、アフリカ系アメリカ人の教会は差別や貧困の中で呻吟する同胞たちを精神的に支え続けているというイメージが強いが、本論によれば、公民権法によってかえって彼らの間に貧富の格差や世代間の断絶が生じ、貧困と差別の中で犯罪とドラッグに手を出す若者たちを非難する教会の保守的な態度に対して、ヒップホップ世代は現状の教会に救済を見出せなくなっているという。にもかかわらず、彼らの歌詞の中にキリスト教的な語彙が少なくない。これはヒップホップにも教会の説くキリスト教とは別に、聖書に基づいた救済論が展開されているのではないかと、著者は指摘する。さらに、ヒップホップに認められる反社会的な事柄(俗)と宗教的な事柄(聖)の混在は、アフリカ系アメリカ人の音楽的伝統を引き継ぐものであり、彼らはキリスト教という一神教的枠組みを受容しながら、アフリカ的な価値観とアメリカ的価値観の間で揺れ動いてきたという。この「二重意識」はアメリカ社会とアフリカ系アメリカ人の葛藤を生み出し、それを教会が十分に代弁できないために、ネイション・オブ・イスラームのようなオルタナティブの登場が用意されたとしている。本論が論究している聖俗二元論に関する議論はまだまだ論究されるべき余地を多く残しているように思われるが、本論文が、ヒップホップの歌詞の分析を通じて、ポスト公民権運動時代のアフリカ系アメリカ人社会の宗教状況を説得的に論じた点は高く評価されるものであり、本賞奨励賞に相応しい優れた研究業績であると判断するものである。

プロフィール
1981年生まれ。2017年同志社大学大学院神学研究科博士後期課程修了、博士(神学)。現在、日本キリスト教団阿倍野教会牧師。

主要業績
「ルイス・ファラカンの政治的非一貫性‐1984年と2008年の大統領選挙から」『一神教世界』、第一巻、2010年。
井上順孝監修『世界宗教百科事典』(丸善出版)にて 「ネイション・オブ・イスラーム」についての項を執筆、2012年。
「ヒップホップの宗教的機能:ヒップホップ世代の救済観」『基督教研究』、第76巻・第二号、2015年。

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